INSIDE NB

new balance numericチームライダーのPJラッドが新作“Tricolor”を引っさげ来日

2017.08.17

ニューバランスから発信されるパフォーマンスフォーカスのスケートライン「new balance numeric(以下、NB#)」。本国アメリカでスタートしたのは2014年のこと。現在はPJラッドを筆頭に、アルト・サーリ、リーバイ・ブラウン、トム・カランゲロフなど、アメリカ勢を中心に約20名のライダーが所属し、ニューバランス初のスケートチームとして、各ライダーが精力的に活動を行っている。そして今回、新作「533V2 」がローンチ。さらには、8月14日に、最新のチームムービーが公開になった。それらを記念してPJラッドが来日を果たし、シューズやムービーはもちろん、NB#の魅力を語ってくれた。スケートボードシーンにおいて、世界的にもレジェンドと言われるPJラッドの貴重なインタビューをお届けしよう。

― 日本へきたのは何度目ですか?

PJ Ladd(以下、PJ):5回目だね。最後に来たのは10年前だから、かなり時間が経っているよ。日本のスケートボードシーンが、以前よりも良い感じになっていることを感じている。知っている人たちがいまだにスケートボードをしている姿を見るし、新しい友達もできたりして嬉しいね。

01_pj_ladd

― PJはNB#のチームリーダー的な存在かと思いますが、何がきっかけで入ったのですか?

PJ:僕はNB#に最初に入ったライダーなんだけど、チームライダーになる前からニューバランスがスケートボードのチームを始めるからライダーを探していることを聞いていたんだ。正式にNB#がスタートする前から、リリースする予定のサンプルを見せてもらっていたんだけど、サンプルの段階でもすごくクオリティが高くて驚いたことを覚えている。その数カ月後にスケートボードのシューズを正式にリリースしてチームを作るという話をもらい、ライダーになることを決めたんだ。

02_pj_ladd

― サンプルの段階でNB#のスケートボードシューズを履いたときはどんな感触でしたか?

PJ:実際に自分が履いてスケートボードをしてみて思ったことは「このシューズは素晴らしい」ということだった。それで気に入って履いて滑っていたら、スケーターや子供たちが僕のところへやってきて、どんなシューズなのかと尋ねてくることが多かった。スケーターにとって、シューズは気になるトピックのひとつだし、常にラフで良いものを探しているからね。

― 現在はロサンゼルスとボストンを行き来しながら活動をしているようですが、ボストンを代表するアスレチックブランドであるニューバランスは、ボストン出身のPJにとってどんなカンパニーですか?

PJ:僕も家族も、昔からニューバランスは馴染みの深いブランドなんだ。僕はボストンで育ち、そこのスケートボードコミュニティで育ったんだけど、そんな中でニューバランスに関しては、みんなが間違いなく尊敬心を抱いているブランドだったことを覚えているよ。

03_pj_ladd

― スケートボードは西海岸のイメージが強いですが、PJが育ったボストンにはどのようなスケートボードシーンがありましたか?

PJ:スケートボードは、サザンカリフォルニアで生まれたサーフィンから派生して始まったことで、カルチャー的な側面や人との繋がりは西海岸のほうが強いかもしれない。だけど、東海岸でも同じく盛り上がりをみせていて、確固たるクールなスケートボードシーンが古くから存在するんだ。僕は10代をボストンで育ち、「PLAN B」や「411VM.」などのスケートボードの映像を良く見ていて、ローカルのスケートスポットに通い詰めていた。僕がスケートボードを始めたときは、本当に多くのスケーターたちがボストンにはいたんだ。他にはないスケートスポットもあるし、歴史も長いんだよ。

― NB#の新作「533V2 」に関して、作られたプロセスや魅力を教えてください。

PJ:シューズに関してはNB#が正式にスタートする前から、プロシューズのデザインに携わっていたんだ。その後NB#が始まることが決まり、最初はチームモデルとして「STRATFORD 479」が最初にリリースされた。「STRATFORD 479」は自然に足にフィットして履き心地が良くて、それをしょっちゅう履いていたんだけど、そこから僕のプロシューズを作ろうという話になったんだ。そこで僕は「533」をモデルに選んでデザインをしたんだ。そして最初にリリースされた「PJ STRATFORD 533」を実際に履いて経験したことを元に、新しいモデルにフィードバックした。まずスケートボーダーたちは技をいろいろやることから、シューレースが切れやすい。実際に僕は前のモデルを履いて3~4本シューレースを変えたから、今回はタンの部分にシューレースを隠すことができるポケットを付けたんだ。それと、動くとシューズの中が熱くなるから空気を通すことができるように、耐久性に優れた素材を使用してアッパー部分を1枚にしたんだ。3つ目は、動きを良くするためにステッチ部分を少なくしていること。ヒールフリップや、キックフリップをすると壊れてしまう部分があるから、ステッチを省くことで改善できる。僕は新しくモデルを作ることよりも、同じモデルを毎回試して履き、足りない部分をどんどん改善できたら良いなと考えている。何故ならば、すでにあるモデルでも充分に素晴らしいからね。

04_pj_ladd

― たくさんのモデルがありますが、「533」を選んだ理由は何故ですか?

PJ:5+3+3=11だから。僕は「11」というナンバーが好きなんだ。「11」は、パワーのある数字なんだよ。世界の歴史や、伝統的なことで「11」という番号は数秘学の世界では、ストロングな数字として捉えられているんだ(ちなみに数秘学では、始まりを表す1が二度繰り返されていることから幸運を招く強い数字、調和と直感を意味する数字になる)。それが常に心の中にあるんだ。

05_pj_ladd

― NB#はどんなスケートボードチームですか?

PJ:最初は4人だけだったんだけど、すぐに大きくなって、今は多くのスケーターたちがいる。皆とてもヘルシーだし、互いに良い友達でもある。一緒にスケートトリップへ出掛ける度に、いいライダーばかりが集まったと感じているよ。映像を撮るにしても、毎回オーガニックにことが進んでいるんだ。

― 「SKATEBOARD SAVE MY LIFE(スケートボードが我が人生を救った)」というライダーが多いと思いますが、PJもそう思いますか?

PJ:それは面白い質問だ。他のスケートボーダーたちがそう言うことに関して、理解はできる。前向きな力を与えてくれるのがスケートボードだし、何にしてもスケートボードは最高に楽しいから。だからスケートボードにすごく感謝しているのは確かだよ。

06_pj_ladd07_pj_ladd

― 最後に日本のスケートボーダーはもちろん、NB#ファンへメッセージを。

PJ:自分がやったことが、日本で受け入れられるということはとても幸せなことなんだよ。サポートしてくれる多くの人たちには常に感謝している。ありがとう。

08_pj_ladd

PJ Ladd

1983年1月11日生まれ。マサチューセッツ州ロックランドで生まれ、ボストンで育つ。幼少の頃からスケートボードにのめり込み、ボストンのローカルスケートボードシーンで活躍。「Element Skateboards」から声をかけられ、後に所属する「Flip Skateboards」でプロのスケートボーダーとなる。2014年より「new balance numeric」の最初のライダーとなり、以後同ブランドのスケートボードシューズの開発にも携わっている。世界のプロライダーの中でも、レジェンドと言われるほど実力を持つ精密機械のようにテクニカルなスケートボーダー。

photo:Daisuke Takahashi
text:Kana Yoshioka