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ALL ABOUT 『new balance 990.』

2017.12.15

ニューバランスにとって、「990」とは?

ニューバランスが、1982年に初めて100ドルという高価格帯で世に送り出した「990」。リリース後25年を迎えた現在もフラッグシップモデルとして多くのファンに愛され、ニューバランスの中でも他のモデルとは一線を画し、ヴァージョン2、3、4と時代とともに進化を遂げ続ける、ちょっと変わったモデルです。

今回は、そんな「990」についてのアレコレを、ニューバランスグローバルライフスタイルのバイスプレジデントである久保田伸一氏に、深く深く訊いていきます。インタビューはBETA MAGに参画し、ニューバランスの造詣の深い谷中龍太郎がつとめ、「990」からニューバランスの芯の部分、他では聞けない深部に迫ります。

谷中:久保田さんが入社なさった時点で、「990」シリーズはどの辺までリリースされていましたか?

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久保田:1991年なので、「997」ですね。インラインでは「996」と「997」が販売されていました。そこから四半世紀以上経ってることを知り、かなりショックを受けました(笑)。当時はバブル経済がクラッシュするときで景気がいい感じはまだ残っていて、ファッションではアメカジブーム。その波にニューバランスも乗って、MADE IN U.S.A.だと「990」シリーズ、それとバスケットシューズもよく売れていましたね。

谷中:“N”マークが蛍光ピンクでハイカットのバスケットシューズを、中学一年生のときに街履きしてました。

久保田:懐かしいですね。それは日本で企画して韓国で製造していた、僕が担当していたモデルで相当売れましたね。

谷中:その流れで「990」となると、「990V2」が1998年にリリースされる訳ですが…。

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1998年にヴァージョン2という形でリリースされた「990V2」

久保田:翌年1999年に「1700」がリリースされるんですが、面白いエピソードがありまして。先日まで僕の上司だったランニングのプロダクトマネージャーで商品担当の方がいたんですが、そのチームにひとり面白いデザイナーがいました。彼は全然ニューバランスっぽくなくて、落ち着いていて物静かだけど自由な人でした。数度しか会ったことがないんですが、彼が1997年頃にデザインを手掛けることになり、「どうしよう、どうしよう」と悩んだ末、会議の前にちょこちょこっと描いた2、3枚の絵で、「990」と「1700」、トレイルの「800」シリーズができ上がってしまったんです。

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谷中:スゴい! その方はアメリカ人ですか?

久保田:そうです。その後、その方は他社に移ってしまいましたが。社内では、その3足は「5分で描いたデザイン」と呼ばれていました(笑)。

谷中:もちろん、そこに辿り着くまでに莫大なアイデアストックがあったんだとは思いますが。その当時、以前リリースしたモデルをアップデートさせ、再度世に送り出すってことはあったんですか?

久保田:なかったですね。

谷中:では、なぜ「990」だけ特別だったんでしょうか?

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久保田:社内でも相当揉めたんですよ。ただ、「999」がリリースされた後に「どうしよう?」って。「でも、今後もずっとこの品番は続くだろう」と、社内でもごたついたんです。いまだに社内でも決着がついていないんですが……。「ニューバランスのシューズは品番だから売れない。名前が付いていないから」と言う方もいるんです。だから、ランニングチームだけは反抗して名前をつけてるんですけど。

谷中:「ザンテ」や「ハンゾー」なんていうモデルが登場していますもんね。

久保田:そういう意見がいろいろとぶつかり合った中で「ブランドのひとつのアイデンティティとして押そう」という結論に達しました。「バージョン2とか、バージョン3にいくしかないね」っていう話で決着がついたんです。

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谷中:そういう経緯があったわけですね。では、よく聞く「1000点満点中990点」みたいな評価に引っ張られて、「990」がその一番手になったりしたわけですか?

久保田:いえ。ニューバランスのスニーカーは価格で品番をつけていたんです。「990」から「995」「996」……と続き、十数年経ったので品番自体のファンがありがたいことに増えまして。アイデンティティもできていて、その路線を貫こうということなので、「1000点満点中990点」というのは関係ないんです。価格も当時は140ドルくらいで、100ドルは超えてしまっていましたし。

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谷中:僕らは「990」に対する、強い思い入れがあるように感じていましたが。

久保田:最初に作られてアイデンティティはできていたので、そこに対する思い入れはありましたね。1000番台とは少し系統が違うんですが「僕たちが作れる中で一番良いランニングシューズを作ろう」というコンセプトは今も変わっていません。

谷中:では、1000番台との住み分けをお聞きしたいのですが、先にありましたようにランニングがキーなんですか?

久保田:いえ、どちらもそうなんですが、市場の中でとても高いスニーカーを追い続けていて。「イイものを作ろう」という考え方で、最初に高かったのが1980年に「620」という62ドルでリリースしたモデル、続いて「730」という70ドル台のモデル、80ドル台とリリースを続けて、ポーンと100ドル台のモデルを世に送り出すわけです。そこをさらに打ち破ろうと1985年に作り上げたのが「1300」だったんです。そこで1000番台へと飛んだんです。

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谷中:なんとなく流れが見えました。当時は、品番とドルでの値段がそこまで紐付いていたんですね。ちなみに今、「990」以外でヴァージョンアップしてるモデルは登場しているんですか?

久保田:たくさんありますよ、ランニングでは。

谷中:ライフスタイルでもありますか?

久保田:ライフスタイルでは、少し。大きく分けて「クラシック」と「スポーツ」があり、「クラシック」は元々のモデルの復刻になるので、新しく作り変えない限りはヴァージョン2は出ないんですが、例えば今年発売した「247」のような「スポーツ」のモデルは、アップデートを遂げるとV2になりますね。パフォーマンスで考えた場合、そのときそのときで一番新しいテクノロジーや優れた機能を取り入れることでしょうし、ライフスタイルで考えると、そのときのトレンドやパフォーマンス側で得たテクノロジーであったり、ライフスタイルなりのイノベーションを足してアップデートさせる際にヴァージョンアップされます。クラシックで変わらず残しておくところと、つねにアップデートして前へ進んでいくところの住み分けはしています。

谷中:「990」に話を戻させていただきますが、初代「990」からV2ってかなり変化を遂げているように見えます。この大きな変化は当時の社内的にどのような見られ方だったんですか?

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久保田:間をまったく見ないと大きな変化に見えると思いますが、ここに至るまでにリリースしてきたモデルを含め、スニーカーとしての進化も進んでいます。最初はソールの進化から始まり、パーツが変わったり、アッパーが変わったり、少しずつ進化してV2に至っているので、その都度進化を遂げているんですが、V2からV3、V3からV4へがあまり変わっていないと思われる方もいらっしゃるので、初代「990」からV2への変化が大きく見えるのかもしれませんね。

谷中:「990」の後に1986年には「995」が誕生し、「996」「997」「998」「998」「999」と進んで、「990V2」をリリース。そこから「991」「992」「993」と続き、今度は「990V3」が送り出される。この流れを見て、最初の「990」の後に「991」と続かなかったのは、なぜなんでしょうか?

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2012年に更なる進化を遂げて登場した「990V3」

久保田:実は僕も知らないんです。当時の方々に何度か聞いてみたんですが、はっきりしなかったんです。

谷中:V2の後に突然「991」がリリースされるのも不思議なんですが……。

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久保田:ここは単に番号のアップデートだと思います。先ほどお話しした品番なのか? 名前なのか? 論議がずっと続いていたのが影響していると思います。

谷中:500番台などとは考え方が異なるんでしょうか?

久保田:元々のコンセプトとして、“一番高い”商品として作っているので。500番台はオフロード系のスニーカーという違いがあるんですけど、ひとつ一番高い商品として共通する他との違いは、ずっとグレーを継承していることです。「620」があって「990」があって「1300」と、少しずつ変わっているんです。あとは、バリバリのスピードトレーニング用というよりかは、誰もが履いて安全に走れるようなスニーカーというコンセプトで作っていますね。

谷中:デザインと機能を融合させるタイミングというか、どこを礎として企画は進んで行くんですか?

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久保田:例えば、横ブレしない機能を主において、これにフィット感だとかデザイン性を考慮して書き換えていきます。ですが、さっきも申し上げたように、アイデンティティや時代性みたいなものもあるので、ヴァージョンアップにおいてもあまり変わらないことがあります。あとは、安心して履いてもらえることが重要なので靴底も少し厚いですし、踵はクッション性、つま先は安定性を重視するため素材が全然違うというコンセプトは、1990年リリースの「997」からずっと守り続けています。これを進化の過程において、どういう素材にするかっていうのことでも相当揉めます。「990」シリーズはブランドのポジションを築いたり、プレミアムランニングシューズマーケットを作り出したというところで、いろいろな方の想いが詰まっていますし、とくにジム・デービス会長のかなり強い思い入れがあるんですよ。「990」だけは、必ず会長のアプルーバルが取れないと先には進めないんです。

谷中:やっぱり、そこは強かったんですね。となると、確認の出し戻し作業は、他のモデルに比べて時間を要するんでしょうね。

久保田:時間はかかりますね。いまずっと担当している方は、担当について長いのでそこまで冒険はしないんですが、いろいろなチャレンジをすると相当な回数の確認作業を繰り返します。それでもデザインや開発チームは、少しずつデザインを変えてみたり、素材も系統の違うものを混ぜてみるなどのチャレンジはしていますね。

谷中:そのせめぎ合いの中で生まれてくるわけですね。

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久保田:ですから、サンプルは相当作ります。でも、終わってみたら、ほとんど変わらないみたいな。

谷中:リリースのタイミングは決まっていて、そこに向かって進んで行くのか? それとも、進化を前提として納得できたら世に送り出すのか? どういったスケジュールで動いているんですか?

久保田:それは完全にリリース時期を決めて動いています。

谷中:ということは、次の「990V5」へのアップデートスケジュールも決まっているということですか?

久保田:もちろん、見えてます。もうデザインは完成して、サンプルも何度か作っています。

谷中:ヴァージョンアップは続いていくんですね。

久保田:基本的には3年周期でアップデートを繰り返しています。さっきも言いましたが、確認作業の出し戻しがあるので、相当前倒しで企画は進行していますね。

谷中:その合間に、今回リリースされた「MO990」といったブーツタイプのモデルが登場するのは、どういった流れからなんですか?

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久保田:「574」といったアイコニックなモデルや、全体として990番台がアイコニックなシリーズとしてある中で、それをもう少し広げていこうという考えから生まれたアイデアです。かつて「992」や「993」にはミュールなんかもありました。

谷中:「990V3」のミュールは、身内にも愛用者が多いです。

久保田:その一貫として冬用のブーツタイプを誕生させました。いい意味で変わらないというのもあるんですが、ランニングシューズとしても履ける、一番新しい素材やプラットフォームを使ったシューズにもチャレンジしたいとは思っているんです。ただ、いろいろな思い入れが強すぎるモデルなので、なかなか変えようがなく難しい。バリエーションなどで周りを増やしていくという試みですかね。

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谷中:となると、MADE IN U.S.A.のモデルが後に別国の生産でリリースされてきた過去はありますが、「990」がMADE IN U.S.A.以外でリリースされることはないってことになりますか?

久保田:う~ん……そうですね。いつもかなり揉めていて、なかなか難しいと思います。かつては「995」「996」「997」もアジア製を作ったことがあるんですが、結局はMADE IN U.S.A.、MADE IN ENGLANDに戻したりしていまして。王道としてはMADE IN U.S.A.、MADE IN ENGLANDといったところで、守っていくモデルになると思います。

谷中:アメリカに集約しているモデルと、「991」などのMADE IN ENGLANDがあるのは、マーケットの需要に合わせてなんですか?

久保田:「991」は元々MADE IN ENGLANDがあって、それが続いてるだけですね。昔はU.S.A.もU.K.も完全にパフォーマンスシューズを中心とした生産だったんですけど、最近は性格が分かれてきて、U.K.はより高級路線で伝統である手作り感を残す方向に向かっていますし、U.S.A.はプログレッブ(進歩的)だったり、スポーツというところを出そうとする方向なので、工場の住み分けもしています。

谷中:読者が迷っているところって、実はフラッグシップモデルの捉え方で、それは「2040」なのか? それとも「990」なのか? どちらが特に打ち出していきたいモデルと考えるべきなんでしょうか?

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久保田:実際どちらに力が入っているかと言えば、900番台の方ですね。2000番台というのは、特にアメリカでの消費者の年齢層が高いので、実際の機能とかデザイン性の方向性が変わってきているんです。オールレザーだったり、スポーツシューズというよりかはカジュアルで、ウォーキングシューズっぽくなってきています。そうなると、我々がターゲットとしている、お洒落にも履けて運動もできるというところで考えると「990」の方が力が入りますね。

谷中:日本も同様ですか?

久保田:そうなっていくんじゃないかとは思っています。唯一どうかと思うのは、90年代系だったり、ダッドシューズというお父さんが履くような靴がカッコイイという流れが入ってきていることです。

谷中:ヴェトモン(VETEMENTS)のデムナ・ヴァザリア辺りが打ち出してるイメージですね。

久保田:それで当たれば良いなとは思ってますけど。アメリカでずっと作ってるクロストレーニング用の600番台があって、そこら辺もフィットする気がします。話を戻しますと、2000番台には固定のファンがいますし、今後もきちんと展開しますが、「990」は今回のブーツのような幅広い展開もしていくと思います。

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谷中:市場や周囲を見てきた感じだと、クラシックが好きな方って、なかなかパフォーマンス色が強いモデルにはチャレンジしなかったと思うんですけど、「993」辺りから一気に流れ始め、一方で1000番台を追い求めた方は、2000番台から頭をかしげつつも新作にチャレンジてきたんですが「2040」の新作で結構脱落して「990」へと流れたように感じます。その辺りはどう見ていますか?

久保田:見た目というか、ファッション的な観点でいくと僕も同意見です。「990」シリーズで面白いのは、素材や機能はもちろん進化しているんですが、これにしかない独特の履き心地というのがありまして、最初の「990」から共通して続けている履き心地なんです。僕も一時まったく履かなくなるんですが、しばらくすると履きたくなる。履き続けるとまた履かなくなって、そして履きたくなるを繰り返しています。見た目だけじゃなくて、履き心地の面でもスゴくイイところが脈々と受け継がれているんです。それが浸透していて、そういった方々が履きたくなったときに安心して履けるような状態で、突拍子もないところに進んだりせず、「990」の範囲っていうのを定めてそこの中にいられれば、ずっと生き延びていけるんじゃないかなと思っています。

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谷中:個人的に見て、「ココはこうした方がイイ」みたいな意見はあったりしますか?

久保田:デザイン的にはいじれないんですが、重さはもっともっと軽くしようというのはありました。「993」はとくに重かったので。あとは、重くてガッチリした靴は欧米人向けで、我々のようなアジア人には欧米人ほどには恩恵がなく。そこは崩さずに、アジアや日本の方に履いてもらうための履き心地について意見は出しましたね。

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2016年にリリースされた4代目「990V4」

谷中:デザイン面でいうと“N”マークの大きさについてですが、最近は機能面からなのか細くて大きい“N”に変わったという部分で「990V4」への賛否が分かれるんですが…。

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久保田:“N”マークには時代のムードも現れていまして、いまニューバランスというブランドだったり、ランニングシューズの中でのポジションでいうと、この“N”マークなんだと思います。そのときそのときの我々のランニングシューズを代表する顔として“N”マークの形を選んでいて、服に合わせやすい合わせにくいっていうのは、残念ですが1位ではないんです。

谷中:日本だとファッションシーンでの支持が大きく左右されるとも思いますが、そこにジレンマなどはありますか?

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久保田:勝手な思い込みもあると思うんですが、ファッション的に支持されることにおいて、日本の場合は重鎮的な方が多いじゃないですか。

谷中:その傾向はありますね。

久保田:彼らはニューバランスが持つ「本物感」というところに共感し、ブランドにもシューズにも共感してくれていると思うんです。その部分を損なうことなく、ファッションに流されすぎることもなく、我々の考えるいま一番のベストマッチングを図って世に送り出していく。どちらかというとプロダクトアウト的な考え方ですかね。実際、長いこと続けているんで、これで市民権を得ていますけど、ものすごい消費者調査をしてスニーカーを作っているわけではなくて、自分たちが追い求める想像の中で、お客様に喜んでもらえるんじゃないかっていう考え方が詰まっている靴なんです。

谷中:とくにその想いが一番色濃く反映されているのが「990」ということになるんですかね?

久保田:ライフスタイルで考えるなら、そうかもしれないですね。もう少しいろいろな方にも履いてもらいたい。走りもできるし、街履きもできるよっていうところで一番のバランスを取ってるのが「990」だと思います。

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谷中:あらためてお話を聞いてみて、やっぱり不思議な靴ですよね。

久保田:ブランドの中にいる側からすると、いたって普通の靴なんですが……。「これが自分たちの靴だよね」という靴しか作らないんで、あまり周りを気にせずに、まさに我が道を行くっていう気概で作っている靴ですね。クラシックを踏襲した結果、今があるんですがそれを焼き直すのではなく、いま作れる中でのイイところを取り入れています。初代「990」「990V2」を作っていた方々と、いまとは全然違います。ただ芯に流れているのものは一緒で、出てきたものが違うだけって感じですかね。

谷中:最後に今後のニューバランスがどうなっていくべきか、久保田さんの視点でお聞きしたいのですが、やはり他のスニーカーブランドと比べて独特ですし、不思議なブランドのような気がするので。

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久保田:そうですね。おそらく他社と比べてもライフスタイルが一番大きな比重ではあるんですが、他社に比べるとスポーツ分野への押しが強くないとは思います。自分たちのブランドアイデンティティと近いアスリートやチームと契約したり、強い世界観は持っているんですよ。その世界観を強めていく中でライフスタイルの強め方だったり、パフォーマンスの強め方だったりのバランスを上手に取っていくのが理想です。いろいろな会社を見ていると、スポーツはスポーツ、ライフスタイルはライフスタイル、と切り離れている気がするんです。そこをうまく繋ぎながら、どちらにも偏らずに進められたら良いのではないでしょうか。

谷中:貴重な話をありがとうございました!

photo:Akira Onozuka
text:Ryutaro Yanaka